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蘇るイサム/『007 スカイフォール』パロディとしての『メカニック:ワールドミッション』

ジェイソン・ステイサムが好きです。『ハミングバード』の感想でも書いた通り、大学時代は足繁く劇場に通ってイサム追っかけをしていました。話はあってないようなものであることも多いイサム映画を見るときのポイントはただ一つ。いかにジェイソン・ステイサムという素材を活かし、イサム映画というジャンルを更新していくか。(と言うわりには見ていないのも多い。せめて前くらいには追っかけしたいから『SPY』も見なきゃ。)



そんなわけで『メカニック:ワールドミッション』を見た。

チャールズ・ブロンソン主演の同名作のリメイク『メカニック』は、キュートな弟子ベン・フォスターとのコンビが素晴らしいイサム映画の快作だった。その続編ということで、さあ今回はどんなイサムを見せてくれるのかな!?と前情報一切入れず見に行ったんだけど、いや、これまさかのイサム版スカイフォールじゃないか。タイトルクレジットで原題Mechanic: Resurrection(改めて言うまでもないけど、『007 スカイフォール』のなかでジェームズ・ボンドは「お前のhobbyは?*1」と聞かれて"resurrection"(復活)と答えていて、この映画はボンドの再生を描いていますよね)と映し出された瞬間からおや?と思ったんだが、出来はともかくとして、これは明らかにスカイフォール・パロディとして意識的に作られている、よね?

ここからは一応前作のネタバレというか、オチを踏まえての話。




死んだはずの男が決別した世界に再び引きずり出される話。しかもそこで敵になるのは同じ境遇の、鏡に映るもう一人の自分。その鏡像と対峙し、打破することで再生を果たす、というストーリーはまさにスカイフォールそのもの。主人公ビショップが南の島に身を潜める点や、繰り返される水に落ちるイメージもスカイフォールを連想させる。ただし、スカイフォールでは鏡像を通してスパイの実存を巡る問いを投げていたのに対して、メカニックには鏡の中の自分を打倒することの意味や効果は特別用意されていなくて、基本的にはいつものイサム、イサム&イサムな徹頭徹尾イサム映画なので、スカイフォール・パロディといっても実際は話の骨格を借りているだけ。今回追加された父の話も幼少時代の設定も超唐突で都合がいい!とはいえ半世紀以上スパイをやってきたボンドがこれからもスパイであるために一度死んで蘇ったように、 キャリア約15年の間「無敵の仕事人」イメージを再生産し続けてきたイサムにもここらで生まれ直しが必要だったのではないかなと思う。最近は『SAFE』で涙を流したり、『ハミングバード』で地獄の天使を演じたりと無敵じゃないイサムも見せていたから、そろそろ再生譚を語っていいタイミングだっただろう。

それにしても全方向からの止まぬイサムの乱れ打ちにクラクラする一時間半だった。冒頭のリオでのアクションは対象とカメラの距離が近くてややガチャガチャしているかなと思ったけど、だんだんにイサムの躍動する肉体全体を捉えるような撮り方になって見やすかった。途中まで「ベン・フォスター不在の今、これが『メカニック』続編である必然とは…?(でも楽しいからいっか、そもそも前作の話そんなにちゃんと覚えてない)」と考えてしまったんだが、そうかこれもともとは事故に見せかけた暗殺を専門にする超一流殺し屋の話だったね。前作ではベン・フォスターのおかげでどの殺しもしっちゃかめっちゃかだったけど、今回はイサム一人なのでちゃんと事故に偽装させているのにド派手な暗殺を完遂していた。え?屋上プールの底が抜けるなんて事故にしか見えないでしょ?プールから落下するところを動画に撮られてるならイサムも映り込んでるんじゃないかなんて野暮なことを言うのはだれ?あ、でもごめんなさい、これだけは言わせてください。サメよけクリームって!サメよけ!!クリームって!!!


※※最後に結末に関して



爆発に巻き込まれて死んだと思いきや実は生きていて、しかもそれが監視カメラにちらりと映ってしまっているというオチは、きちんと前作を踏襲しながら、さらに「再生」のイメージもちゃんと伴って描かれている。クレイン=残虐なもう一人の自分に勝ったイサムは胎内を思わせる人間一人ぶんの小さなアンカー収納庫に守られて蘇り、海=産湯に浸かって再び地上に現れる。いろいろ足りない点はあれど、復活の物語としてちゃんと機能していると思う。たとえ監視カメラに映るイサムの目がたったいま再生を果たした人間のものとは思えぬほど鋭く殺りにきていたとしても。そもそもビショップはなぜアンカー収納庫からの脱出方法なんて知っていたのかな?超一流の殺し屋だからそれくらい知っていて当然、かもしれないけど、かつてギャングに拐われ少年兵とした育てられた彼はそこから逃げ出すためのあらゆる方法を調べていたのかもしれない。一方ジェシカ・アルバ演じるヒロイン、ジーナの救出も小さな脱出船(?あれはなんと形容すべきものなの?)に乗って、ぷかりと海に浮かび上がってくるという、ビショップと同じような再生のイメージを纏っている。アフガン従軍*2を経てカンボジアの子どもたちのための施設を運営する彼女にとっても、これは過去を清算し新たなスタートを切るための物語でありえたかもしれない。というようなことを考えると、今作は再生を目指す男女のやおい映画としてもっとやれたのではないかなとも思う。もちろん余すところなくイサム特盛な今作にはとても満足しているけれど、また別の企画でそういう話が撮られてもいいんじゃないかな。というか、わたしが見たい。

*1:ここ文脈を正確に記憶してないから訳せないんだけど、どう捉えるのが一番いいのでしょう?教えてくださる方がもしいたらとても嬉しい

*2:ここも記憶が曖昧なのでアフガンじゃないよ!って場合はご指摘をください。